活動内容

人材育成

【実施報告】2022年度ESD-J主催 第9回オンラインセミナー 「生物多様性の維持とワイルドライフマネージメントにおける教育の役割」

集合写真

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  • 2023年3月27日(月)18:00-20:00
  • 司会:金澤 裕司(ESD-J理事)
  • 講師:知床自然大学院大学設立財団業務執行理事 中川 元さん
  • 参加者人数:19名(司会1名、講師1名、事務局3名含む)
  • プログラム:
  1. 冒頭挨拶、趣旨説明:金澤理事
  2. 講演:知床自然大学院大学設立財団業務執行理事 中川 元さん
  3. 質疑応答&全体ディスカッション
  4. 総括コメント:金澤理事・中川さん

まず始めに、野生動物との共存の最前線とも言える知床半島をフィールドとしてきた北海道地域担当の金澤理事より、本セミナーの開催趣旨が説明されました。野生動物と人との軋轢の問題は、知床に限らず多くの地域で問題となっているために地域が抱えている問題とその解決への知恵をこの機会に共有できたらと考え、本セミナーを企画しました。知床では、知床を舞台にしたワイルドライフマネージメントの専門家を育てる教育機関、知床自然大学院大学設立財団が設立されました。その業務執行理事である中川 元さんにご講演いただきました。

「生物多様性の維持とワイルドライフマネージメントにおける教育の役割」

知床自然大学院大学設立財団業務執行理事・元知床博物館館長 中川 元さん

  • 野生動物と人をめぐる現状 & ワイルドライフマネージメントの必要性

まず、野生動物と人の間の軋轢が増大している原因について説明して頂きました。農山村の衰退、地域社会の衰退(高齢化と人口減少、耕作放棄地の増大と里山管理の放棄、ハンターの高齢化や現象、それによる野生動物の増加)によって、持続可能な地域社会形成が阻害されています。そのため、野生動物管理システムの構築、専門職の配置が急がれています。2019年の環境省の報告によると、全国の鳥獣行政担当者のうち専門的知見を有する職員は僅か5%しかいませんでした。

ワイルドライフマネージメントとして、知床においては特にエゾシカとヒグマの継続的な管理が行われています。管理計画の策定、課題への具体的な対策の実施(法制化、地元住民・カメラマンや観光客への啓発、エゾシカの駆除、電気柵の設置、学校でのヒグマ学習、パトロール等)がワイルドライフマネージメントに含まれます。継続的なモニタリングと適宜管理手法の見直しを行い、順応的な管理を行うことも重要です。

  • 保護管理に必要な人材と能力

知床自然大学院大学設立財団は、野生生物と人間社会との間に生じた様々な問題解決と共生のための新しい思想・技術を創出し、その実践を担う専門家や研究者を育成する大学院に相当する高等教育研究機関を設立・誘致することを目的としています。

<求められる能力>
  1.     政策立案・管理計画策定・指針等作成能力
  2.     モニタリニング・評価・順応的管理実施能力
  3.     調査研究能力・現地データの収集能力
  4.     合意形成・ファシリテーション・普及啓発能力
  5.     高度な管理手法・捕獲技術・実践能力
  6.     地域資源保全活用能力・価値創造能力
  7.     地域ビジョンの提示・地域問題の解決能力
  • 人材養成プログラムの実践と教育フィールドとしての知床

2016年より、「知床ネイチャーキャンパス」として、人材育成プログラムの開発・実践、人材育成の必要性とその内容についての広報を行っています。討議型・講義型の授業(オンライン併用)のと現地実習・現地演習をプログラムとして提供しています。そして、大学生・院生、環境省職員、都道府県・市町村職員、教職員、NPO関係者、会社員等様々な属性の方が参加してきました。現地実習・現地演習を通じて、地元の方・講師から直接ヒアリングし、実際の地域の課題を現場で学び、管理計画を策定して発表するという内容の演習を行っています。2022年は社会人を対象とした「リカレントプログラム」を実施したり、オンデマンドの配信講義&オンラインのケースメソッド・ワークショップ等を実施したりしました。

教育フィールドとして、なぜ知床が優れているかについては、以下の点が挙げられました。多様な教育資源やフィールドが揃っていること(多様な自然環境、豊かな生物相、様々な産業活動、多くの保護地域等)、そして様々な問題を克服してきた経験と、科学的知見をもとにした保護管理計画、調査研究の蓄積があること等が挙げられました。現在進行形で様々な課題に取り組んでいるということも教育資源であると考えています。

  • 保護管理体制の確立と知床での人材養成活動

2019年に日本学術会議では、野生動物管理をめぐる課題に関し、審議を行い、問題点、望ましい野生動物管理とその担い手教育等についての提言を「審議依頼」に対する回答「人口縮小社会における野生動物管理のあり方」としてとりまとめました。また、2021年には、野生動物管理教育プログラム検討会が設立され、コアカリキュラムの策定、現在カリキュラムの施行・評価を行っています。今後はプログラムの認定体制の構築、認定者の活用方策の検討を行っていきます。

知床で導入している野生動物管理教育プログラムとしては、団体の独自事業として上述の知床ネイチャーキャンパスを実施しており、今後は大学や関連機関との連携・請負事業として外部からの要望に基づいたプログラム作成も行っていきたいと考えています。

新しい教育手法として、ケースメソッドという手法を導入し、知床で実際に起きている事例をベースに学ぶ方法をとっています。(補足:ケースメソッドは、実際の課題の事例を討論する中で実践的な問題解決力を身につける研修方法です。座学ではなくディスカッションがメインになるため、解決までの道のりを疑似体験できます。また、具体例を用いているため、実際に課題が現れたときに経験を生かしやすいのが特徴です。)また、最近は地元高校生の地域学習や修学旅行生対象のプログラム開発・実施をしています。具体的には「流氷の価値を考えるワークショップ」等を行いました。今後は、若年層を対象とした教育プログラムの実施もしていきたいと考えています。

パンフPDF

パンフレットPDF

最後に、知床自然大学院大学構想は、生物多様性の保全や野生動物管理の実現のために、知床世界遺産地域と周辺地域において人材育成の仕組みを構築しようとするもので、知床で野生動物と社会との共生を担う人材育成の仕組みが構築されるということは、実現が急がれるこの分野の高等教育機関実現の第1歩となり、ここで実施される教育プログラムは、野生動物保護管理専門職養成カリキュラム確立の一助となると考えています。野生動物管理の学びを社会の共有財産としていきたいと考えています。知床のメソッドは知床でしか使えないスキル・知識を提供するのではなく、他の地域においても汎用性のある能力を育成しています。

野生動物の行動、および人の行動は相互に影響し合いながら、どんどん変化していくものです。そのため、管理計画や手法は適時にアップデートが必要です。状況を把握して、それに対応する管理計画や対策を考えられる人がワイルドライフマネージメント専門家です。

 

質疑応答・全体ディスカッション

金澤理事のコメント:最近、鹿の駆除の活動に参加した若い方が、鹿肉の加工ビジネスを考えているという話を聞きましたが、ワイルドライフマネージメントの延長上に鹿肉の加工ビジネスなど新しいビジネスの立ち上げ、そしてジビエ等の地域資源の有効活用などもあるのではないかと思いました。

中川さんのコメント:鹿の数はある程度捕獲で減っても、密度が減ったり、人に慣れてしまったりして捕獲が難しくなることで、一定数からは減りづらいなどの課題もあります。鹿だけでないですが、個体数のコントールというのは、非常に難しいです。

金澤理事のコメント:ワイルドライフマネージメント専門家というのは、野生動物のことだけを分かっていれば良いということではなく、社会を俯瞰できる視点を持った人、人に伝えるプレゼンテーション能力・発信能力を持った人でもあります。

以下は参加者の質問の抜粋です。

🔷Q.1🔷この人材育成プログラムは、事業としての採算はとれているのでしょうか。
🔷A.1🔷事業としての採算は現時点ではとれていません。年間予算の半分以上は会費・寄付金で賄われている現状で、助成金なども活用しています。

🔶Q.2🔶現在は、教材、教育仕組みを作っている投資の段階だと思うのですが、将来的には全国にあるワイルドライフマネージメントの人材育成のニーズに応えるべく、財政的に成り立つように拡大していきたいというビジョンはあるのでしょうか。
🔶A.2🔶当初から専門職大学院、教育機関として機能することを目指しており、人材養成の公益的な事業委託を受けるなどして、事業収入を確保できるような事業化を目指していますが、公的な資金を得ることは実現するのは現段階では難しそうです。

🔷Q.3🔷専門性のある人材を育てても、活躍の場がなければ人材育成は進まないので、市区町村等の行政や教育現場など活躍できる場の創出などに知恵を出し合いたいです。全国自治体会議などで是非提案していただいたら良いのではないでしょうか。
🔷A.3🔷ワイルドライフマネージメント専門家を配置しやすくするような行政の制度設計、専門家配置のための補助金等も議論がされてはいます。活躍の場としては、地域おこし協力隊として、ワイルドライフマネージメント専門家が活躍している地域はありますが、期間限定的な関わりになってしまっているために、仕組みとして定着するような仕掛けが必要です。

【セミナーの所感(金澤裕司)】

農山村の過疎化の進行と人口減少社会が農地や山林の荒廃を招いたことにより獣害問題が生まれてきました。過疎化が進んだ背景にはコストや生産効率をより重視する傾向が強まった事が考えられます。一方、ワイルドライフマネージメント専門家養成のための教育機関は事業としてペイするのか、という疑問がしばしば発せられます。

しかし、専門家養成を事業として捉えると農山村の荒廃を招いたのと同じ価値観に組み入れられ、根本的な問題の解決につながらないことが考えられます。これも本セミナーによって明らかにされた課題の一つではないでしょうか。野生動物被害の拡大という問題の底に私たちの社会の構造的な問題が潜んでいることが共有できたと思います。

中川さんのPPT資料

中川さんのPPT資料(未リンク近日中更新)

参加者のアンケート回答結果は以下の通りです。

2. セミナーの内容はいかがでしたか

大変良かった4名、 良かった5名、 普通1名

2-2.その理由をお聞かせください
  • 生物多様性戦略を進めるにあたって、各地で生物多様性に関するコンサルティングを担える人材が必要になってくると思っていたので、そのための一つの事例を知ることができた。
  • ESD-Jの課題のひとつとして、野生生物保護管理の教育実践を行っていることとの関わりの視点で企画されたのは良かったと思います。
  • ワイルドライフマネージメントの専門家の人材育成、特に目指す人物像、スキル、専門性などについて詳しく伺うことができ、ESDが目指す人物像との共通点を見いだすことができたため。
  • 生物多様性の教育現場での活動や問題点は子供対象の自然観察会開催の参考になります。
  • 自然保護管理(ワイルドライフマネージメント)を人材育成のプログラムの観点で構築し、育てようとしている具体例を知ることができた。
3.セミナーに参加されての気づきや学びをお聞かせください
  • この手の人材育成事業がペイしない根本的な原因は、こうした人材が雇用に結びつく市場が形成されていないからだと思いました。雇用につながらなければ、高いお金を払って勉強しようという人は増えません。おそらく獣害問題で悩む地方はあるかもしれませんが、人を雇用してまで対応しようとするところはほとんどないのではないかと想像します。
  • 自然環境、地球環境と教育は密接で重要な課題だと改めて感じました。
  • 持続可能な地域づくり・地方創生という目標のために行う人材育成は、生物多様性、教育など入り口は異なっても目指すところは共通であるためにうまく連携して実施していけないかと思った。
  • 観光客への指導の徹底が最重要課題だと感じます。
  • 学校の期待に応えられるスキルを向上させる必要があると感じました。
  • 土地の特徴を生かしながら、環境活動に関する普遍的なノウハウを発信していくことでその土地の自然保護につながるだけでなく、様々な地域に暮らす人の環境活動につながっていくということがわかりました。
  • 地球人としての行動変容の必要性が叫ばれて久しいが、自然を含めたあらゆる社会環境の課題は各省庁のほんものの連携・各自治体の縦割り政策からの脱却のために各地域市民の益々の意識変容が急がれる。あらゆるものがつながっていることをまず生活行動から意識して変えていくことから始める。

 4.本日のセミナーへのご感想、ご意見、ご提案などをお聞かせください

  • 講師の説明は詳細でしたが、全部は受け止めきれませんでした。もう少し重点を絞っていただいたほうがよかったと思います。
  • 知床自然大学院大学設立財団の提供している素晴らしいプログラムは、全国の自治体や市民団体、学生等に必要な知識、スキルが提供できるために、うまく広報できれば、全国から受講生が集まると思った。また、受講生が全国各地の実践者となっているのであれば、卒業生のネットワークを構築し、情報交換や課題・解決策の共有を続けて行くこともワイルドライフマネージメントのスキルの向上、実践の普及に非常に有効ではないかと思った。
  • 現在公民館の事業として自然観察会などの講師をしていますが学校との協働も模索していきたいと思っています。
  • 講師の先生に直接質問できて、大変有意義な時間を過ごさせていただきました。私自身も業務で講座などを企画開催することがあるので、運営の面でも勉強させていただきました。
  • とても大事な観点をテーマにしていただき感謝。「生物多様性の保持とワイルドライフマネージメントにおける教育の役割」の教育の役割の部分をもう少し掘り下げて議論できたらよかったが時間が足りず残念に思いました。

公益財団法人 知床自然大学院大学設立財団:https://shiretoko-u.jp/

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